チェスターフィールドコートの温もり

突き刺すように冷たい空気が星空から舞い降りるこの季節。肌触りのいいカシミヤ生地のチェスターフィールドコートの上に少し厚手のマフラーを巻いて、両手にグローブをはめた貴方は外に出てからずっと黙ったまま。会話はないけれど、いつもよりもぴったり寄り添って静寂につつまれた東京の街を歩く二人。たまに頰に触れる、とろっとしたカシミヤのコートがたまらなく心地よくて。冬の寒さは苦手だけど、二人の距離をぐっと縮めてくれるから好き。こんな矛盾した気持ちになるのも、貴方が隣りにいてくれるから。かじかんだ指先に息を吹きかけて、またコートのポケットに戻してみる。寒さに弱い私だから、一度冷え切った手はなかなか温まらない。そんな様子を見て、片方のグローブを外しはじめた貴方。そして、黙ったまま私の手をとり自分のコートのポケットに招き入れる。あぁ、男の人の手ってどうしてこんなに温かいのかしら……。貴方の素肌につつまれた指先から心の奥までじわっと温かくなるの感じる。相変わらず、二人に会話はない。でも、ポケットの中ではお互いの愛情を感じ合っている。そんな冬が、やっぱり好き。

こちら、めずらしく妄想ではなくてこれまでにあったお話です。(たまには実話もね、ということで…)紳士な皆さまには型崩れの原因となるので基本的にポケットに手や物を入れることをおすすめしませんが、パートナーの冷たい手だけは例外ということにしましょうね。温められるのは貴方しかいないのですから。これは私だけが感じることなのかもしれませんが、男性のコート姿はどこか頼もしくて、ぎゅっとくっついて甘えてみたくなってしまいます。これが春・夏・秋の装いだったら、不思議とここまでの気持ちにはならないはず。きっと、肌ざわりの気持ちいいやわらかな生地に男性特有の温かさ、そこにほんのりと愛しい人の香りが重なるからなのでしょうね。もしもここで肌ざわりチクチク・静電気バチバチの化学繊維素材のコートやタバコの臭いが染み付いたコートであれば台無しです。(これまでのコラムをお読みくださっている皆さまなら、もう大丈夫ですよね……?)パートナーとの距離が近くなる冬だからこそ、ぜひコートにも気を遣ってみてください。

アルスターコートにバルマカーンコート、ポロコート、チェスターフィールドコート…、様々な種類がある男性のオーバーコートの中で最もクラシカルなのが「チェスターフィールドコート」でしょう。英国では昼夜の正装時にふさわしいオーバーコート(ドレス・チェスターフィールドコート)として着用されてきました。昔のデザインの名残りで上襟がベルベットになっているものもあります。これがまたクラシカルで目を引くのですが、街中ではなかなか見かけません。チェスターフィールドコートはラペル・胸ポケット・腰ポケット・ベントなどのデザインやパターンがスーツに近く、ウエストが絞られているのが一般的です。丈が長くバックベルトがないため背中から裾までのラインが男性の後ろ姿を美しく見せてくれます。かの有名映画の英国諜報員の主人公が着るチェスターフィールドコートを彷彿とさせますね。また、丈が長くドレッシーなチェスターフィールドコートは男性の非日常的な姿を引き立たせてくれる特別な装いに感じます。なぜかちょっとドキッとしてしまうのです。新郎のフロックコート姿が普段よりも男らしく格好よく見えるのと同じかもしれません。元々が礼装用のオーバーコートだったからなのでしょう。これはバルマカーンコートやポロコートには感じない要素です。このように服のデザインと歴史を掘り下げると新しい気づきがあるのが紳士服のおもしろいところですね。さて、今回を最後にこちらの連載は完結となります。全15回、ご愛読くださった皆さまには感謝で胸がいっぱいです。ありがとうございました

PROFILEプロフィール

中里 彩 ー Aya Nakazatoテーラーアプレンティス

1992年生まれ。エジプト考古学者を志して、大学では考古学を専攻。一方で、メンズのテーラード服に惚れこみ、在学中から熟練の職人の元でテーラリングを学ぶ。卒業後は、ファッション業界に限らず、複数の事業を展開。縮小していく職人の手仕事を支えたいという強い思いから、現在ブランド・プロダクトのプロデュースを準備中。ファッションスタイリング、執筆活動なども開始。
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中里彩

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