F1アブダビグランプリで垣間見た、上流階級の身だしなみ

ひょんなことから、F1アブダビグランプリを観戦したことがある。「招待枠があるので行きませんか?」と誘いを受けた時、かつて鈴鹿サーキットでF1観戦した時の興奮がよみがえった。エンジンの轟音、時速300kmを超えるスピード、死と紙一重の極限で接戦するドライバーたち。あのスリルをまた味わえるのなら、どこへでも!――

と二つ返事で快諾したのだが、よくよく考えてみると、王族や石油王など、世界中の富豪が集まるとされるその場に、たった一度F1を観戦したことがあるだけの一般庶民の私が招かれるなど、まさに棚からぼた餅。なにせ急なオファーだったし、本来行くべきどなたかがやむを得ない都合で辞退されたとか、きっと、そんな事情で与った幸運だったと思う。

ともあれ、2015年11月29日、F1世界選手権第19戦(最終戦)の開催地、ヤス・マリーナ・サーキットに到着。暦の上では冬にあたるが、一年を通して亜熱帯気候のアブダビは、この日も気温は30℃を超える真夏日。容赦なく肌を焦がす太陽の下、周りを見渡せば、F1レーストラックをまたいで建つ豪奢なヤス・ヴァイスロイ・アブダビホテルや高級クルーザーがずらりと停泊したマリーナ、ヘリポートと、桁違いの光景が広がっていた。

ピット上に設置されたパドッククラブは、食事やお酒を楽しみながら、極上のロケーションでレース観戦できるVIPラウンジ。だが、熱心に観戦している人は少なく、大半の人はシャンパンやビールを片手に、ソファでくつろぎ、おしゃべりを楽しんでいて、富豪とおぼしき殿方には、女優のイザベル・アジャーニを想起させるマダムなど、例外なく美しい淑女が連れ添っていた。

その装いは、いとも優雅。ワンピースやロングサマードレス、パンツスーツ、ひと目でそれと分かるラグジュアリーブランドのアイテムを纏った人も多くいたが、露も嫌味に映らず、体の一部であるかのように、服が着る人にすんなりと馴染んでいる。さらりと着こなしてしまうだけの品格を備えているからなのだろう。

一方、男性は、カンドゥーラと呼ばれる真っ白なマキシ丈の民族衣装に身を包んだ地元の方々を除いては、シャツにデニム、ポロシャツにチノパンなど、比較的カジュアルな装いの方が多かったが、腕時計は、バーゼルワールドもびっくりの高級腕時計のオンパレード。あまりにも皆が着けているから、そう感じたのかもしれないが、これ見よがしのステイタスシンボルというよりは、スマートフォンのような日常アイテムのひとつとして、当たり前に着けている感じで、これまたどの方の腕元にもしっくり馴染んでいた。

お洒落な男性も多かった。例えば、夕闇迫るトワイライトレースの直前に行われたピットウォークで見かけた50代後半くらいの欧米人。眩しいほどの白髪がひときわ目を引くその方は、長袖の白シャツにホワイトデニムを合わせたオールホワイトコーディネート。第二ボタンまで開けた胸元と無造作にロールアップした袖が、一見ラフな印象を与えるが、シャツインしたウエストは細めのブラックベルトでそつなくマーク。重厚感のある腕時計に、シルバーブレスレットの重ね付けするという遊び心を忘れていないあたりも、憎らしいほど素敵。私なぞが語気を強めるのは畏れ多いことだが、押さえるべきファッションの“ツボ”を熟知しているのだ。

ところで、最終戦。結果は、1位 ニコ・ロズベルグ(メルセデス)、2位 ルイス・ハミルトン(メルセデス)、3位 キミ・ライコネン(フェラーリ)。個人的に応援していたライコネン、表彰式では笑顔を見せてくれるかと期待したが、“アイスマン”の異名を持つ彼の口元は、シャンパンファイトの時でさえ、微動だにせず。この年最後のF1グランプリは、夜空を埋め尽くす豪華絢爛な打ち上げ花火で幕を閉じた。

上流階級の方たちの社交場であるパドッククラブを訪れて思ったのは、お財布の中だけでなく、ファッションに対しても“余裕”のある人ほど、一歩引いた目で自分を見つめることができ、おのずと似合うものを選び取る審美眼が養われていくのではないかということ。高級ブランドだから選ぶのではなく、自分に似合うからそれを選ぶ。ノーブランドでも、自分に似合うなら選ぶ。そんな風に経験を積むほどに、自分のスタイルが確立されていく。だから、気張らなくても、自然体でカッコいい方が多いんだろう。以上、ちょっと風変わりなアブダビグランプリレポートをお届けしました!

PROFILEプロフィール

岸 由利子 ー Yuriko Kishi著述家・画家

英国ロンドン・セントラルセントーマーチン美術大学FDM(ファッションデザイン・ウィズ・マーケティング科 学士号<Bachelor of Arts>)卒業。在学中、スーツの聖地・サヴィル・ロウ1番地「ギーブス&ホークス」で日本人女性として、約2年半に渡る異例のテーラリング修行を伝授。帰国後、ブランド「マルコマルカ」を創立し、東京コレクションにて最年少女性デザイナーとしてデビュー。ファッション界で活躍したのち、文筆業に転身。オーダースーツや腕時計などのファッション・芸術・文化などの分野で執筆する。近年の共著に「人を引きよせる天才 田中角栄」「先生が教えてくれなかった 大日本帝国」「武士道の極意に触れる流派から学ぶ日本の礎」(いずれも笠倉出版社)、スイスの高級メンズ腕時計を特集した「腕時計ライフ」(玄光社)などがある。
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岸由利子

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