ダンディ

スーツを素敵に着こなす男性に対し、「ダンディですね」とほめるのは普通のことになっています。そこに何の皮肉もイヤミもありません。日本において「ダンディ」ということばは、かっこよく装った中高年の男性を意味する外来語として、すっかり定着しています。

しかし、その言葉を生んだイギリスにおいては、必ずしもそうではありません。Dandyは現代イギリスにおいて死語に近く、ゲイの世界で時たま使われるか、一般に使われても「ダンディッ」と語尾をやや上げて発音されるのですが、そこに込められるニュアンスは、自分の見た目にしか関心のないナルシスト、といった軽蔑なのです。少なくとも手放しのほめ言葉として発せられることは、ほぼありません。日英におけるこの言葉のニュアンスの違いを、まずはきちんと理解しておくことが大切です。

本家と、それを輸入した国では、ものごとが違う発展をしていくというのはよくあることなので、日本でほめ言葉として受容されているのは、それはそれで結構だと思います。

ただやはり、本家のニュアンスをまったく知らないまま「ダンディ」と讃えられて浮かれている男性には苦笑を禁じ得ないことがあります。元祖ボー・ブランメルが服装を通して行った「抵抗」に、ちらりとでも思いを馳せてみていただきたく存じます。

19世紀初頭に台頭したダンディの元祖、ブランメルは、ほぼ平民に近いエスクワイアという身分で、それほど裕福なわけでもなかったのですが、服装術と態度によってのみ、「趣味の裁定者」として社交界に君臨した人です。彼の「抵抗」は二方向に向けられました。まずは、華美に装飾を足していくことで富と権力を誇示した旧貴族の価値観。これに対しては、徹底的に引き算、排除、清潔の美学を究めることで抵抗する。そしてもう一方向の敵は、新興資本家たちの、効率至上主義。これに対しては、ただただ美しく着こなすために時間と財産を浪費してみせるという空疎な蕩尽によって抵抗する。

富と権力の誇示に抵抗し、効率至上主義に抵抗する。強者の論理に対するそんな抵抗をエレガントに貫くことで、ブランメルはいっときは人々に畏れられ、崇められますが、やがて賭博で破滅、最後は没落し、孤独のうちに亡くなります。

服装術によって国王にもブルジョワにもささやかに勝利し、その代償として没落したダンディの抵抗は、離れたところから見ればロマンティックであり、のちにフランス人や日本人が知的に評価しました。でも、身近な同国人にとっては軽い侮蔑とともに一蹴されるような存在でもあったのですね。

元祖の輝かしさと虚しさを理解し、現代イギリスにおけるニュアンスを知り、そのマイナスイメージも懐深く引き受ける。日本において賞賛の対象となる「ダンディ」には、せめてそんな知性と寛容と、かっこよくあることに対する少しの恥じらいを心の中に秘めていてほしいと思います。

PROFILEプロフィール

中野香織 ー Kaori Nakanoエッセイスト/ 服飾史家/明治大学特任教授

ファッション=人と社会を形作るもの、と位置づけ、ファッションの歴史から最新の流行現象まで、 幅広い視野から 研究・執筆・レクチャーをおこなっている。著書に『モードとエロスと資本』(集英社新書)、 『愛されるモード』(中央公論新社)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』、『着るものがない!』『モードの方程式』(以上、新潮社)『スーツの神話』(文春新書)、『スーツの文化史』(Kindle版)などがある。監訳『シャネル、革命の秘密』(ディスカヴァートウェンティワン)ほか翻訳も多数。
Official Site ー http://www.kaori-nakano.com

中野香織

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