ディナージャケットとエスコート

車が停まり、先に降りて私を待つ貴方。微笑みながらそっと私の手を取り、腕を差し出す。艶やかな光沢のある黒いディナージャケットにウィングカラーの白いシャツ、首元には黒のボウタイ。1本の側章が入ったモーニングカットのトラウザーズとオペラパンプス。滅多に見ることのない、貴方の夜の姿。今夜の貴方はいつもより男らしく見えるから、なんだか惚れ直してしまいそうよ。ドレスを着る私の歩幅に合わせながら、ゆっくりとていねいに歩を進めてくれる気遣いがうれしい。たまにはこうやってエスコートされるのも気分がいいものね。華やかなパーティー会場の天井には豪華なシャンデリア、足元には毛並みの揃った深紅のカーペットが広がる。すれ違う参列者はとても煌びやかで見とれてしまいそうになる。けれど、それよりも私には隣りの貴方が眩しくて、愛おしくて仕方ないわ・・・。

これは私の想像という名の妄想の中のシチュエーションなのですが、こんな想いを抱きながら、男性にエスコートされたことがある女性はどれだけいることでしょう。こうやっていつまでも惚れ直してしまうような素敵なパートナーがいたら、同じ女性としてうらやましく思います。男性のディナージャケットは男らしく気品があって、隣りに立つだけで女性としても誇らしく感じます。仕立ての良いものなら、背中からモーニングカットのトラウザーズの裾まで立ち姿が綺麗に映りますね。しかし残念ながら、結婚式でもないかぎり、日本の男性がディナージャケットを着ることはほとんどありません。結婚式以外で「ブラックタイ(ディナージャケット着用)」のドレスコードが指定される場所は格式の高いレセプションくらいでしょうか。そもそも着る機会がないというのが実際のところですよね。

男性の夜のフォーマルの装いほど、隣りを歩く女性に気配りがされた服装はないでしょう。諸説ありますが、男性のフォーマルカラーが黒(もしくは黒に限りなく近いミッドナイトブルー)である理由は「女性のドレスの色を引き立たせるため」だと云われています。また、夜の正礼装のテイルコートや準礼装のディナージャケットでパテントレザー(エナメル加工)のオペラパンプスを履くのは、「靴墨で女性のドレスの裾を汚さないため」なのです。本来、男性の装いは時と場所を同じくする相手への「礼儀」と「節度」を重視したもの。エスコートする女性に対してもしっかりと心配りがされているのです。テイルコートやディナージャケットは女性をエスコートしてこそ成り立つ装いと言っても過言ではありません。

とはいえ、サイズが体に合っていないディナージャケットほど見苦しいものはありませんので、ぜひ気をつけていただきたいポイントです。日本でディナージャケットを最もよく目にする、結婚式の貸衣装なんてほとんどが野暮ったい。なんといいますか、服に着られてる感じがあるのです。あまり着る機会がありませんので、貸衣装でも仕方がないと言えばそうなのですが、大人の男性ならば1着は体にフィットした仕立ての良いディナージャケットを持っていて欲しいものです。またウィングカラーのシャツも同様に、ネックや肩まわりのサイズが合っていないとボウタイを締めたときにシワが寄ってダラしなく見えてしまうので、体に合ったものを選びたいですね。案外、いざ仕立ててみると着用の機会が増えたりするものですのでご心配なきように。私もいつかディナージャケットでエスコートしてくれる男性が現れるまでに、イブニングドレスを美しく着こなせる女性になりたいわ・・・なんて、そんな果てなき想像(妄想)を今はまだ楽しむこととしましょう。

PROFILEプロフィール

中里 彩 ー Aya Nakazatoテーラーアプレンティス

1992年生まれ。エジプト考古学者を志して、大学では考古学を専攻。一方で、メンズのテーラード服に惚れこみ、在学中から熟練の職人の元でテーラリングを学ぶ。卒業後は、ファッション業界に限らず、複数の事業を展開。縮小していく職人の手仕事を支えたいという強い思いから、現在ブランド・プロダクトのプロデュースを準備中。ファッションスタイリング、執筆活動なども開始。
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中里彩

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