腕一本が作る、世界にひとつの極上スーツ

Vol.13 久保田博 HIROSHI KUBOTA ブルーシアーズ カッター・テーラー PHOTO:SEIJI SAWADA , TEXT:YURIKO KISHI


ロンドンのサヴィル・ロウ1番地にある英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』で6年間にわたりテーラリングを習得し、日本人初のヘッドカッターに認定された久保田博氏。帰国後は、自身のビスポークハウス『ブルーシアーズ』を立ち上げ、国内外のスーツファンを魅了し続けている。記念すべき創立10周年を迎えた今、テーラリングや独自の美学について、たっぷりお話を伺った。

01.愛されるスーツ、静かな情熱


『ブルーシアーズ』は、二子玉川の閑静な住宅街の一角にある。大阪・北堀江にも店舗をかまえ、渋谷の工房では「ブルーシアーズアカデミー」を開講し、次世代のテーラー育成にも力を入れている。多忙な日々を過ごす久保田氏だが、国内外から次々と寄せられる「ビスポークオーダー」のスーツは、今もなお、彼の腕一本で作られている。

「採寸から型紙の製作、生地の裁断、仮縫い、縫製まで、ひと通り行えますが、現在は、ビスポークの要となる裁断をメインに注力しています。当店では、お客さまの型紙に合わせて、毛芯やバス芯、フェルトなど、 イギリスや日本の副資材を使って、芯地も一から作っています」

さらっとお答えいただいたが、この全行程を一人でできる人は、日本にほとんどいない。世界的にみてもごく稀だ。ジャケットやパンツに不可欠なボタンも、水牛の真っ白な骨を削り、グレーや紺に染めるところから、イギリスの業者で行うという徹底ぶり。

同じフルオーダーでも、ミシンの工程が多く、出来芯を加工して使う「ニューオーダー」や縫製工場で仕上げる「パターンオーダー」は、価格的にも手が届きやすいはず。だが、ブルーシアーズを訪れる十中八九の顧客は、ビスポークオーダーを選ぶ。その理由は、こだわり抜かれた美学を持つ彼の手によって作られる、世界に一着の最高級スーツを求めているからだ。

「東京が拠点なので、大阪の店舗でのニューオーダーやパターンオーダーは、採寸に長けた常駐スタッフに任せています。ただ、ビスポークオーダーに関しては、僕の担当。月に1度は行って、仮縫いや納品を行います。ビジネスマン、経営者、学生さんなど、年代や職業もさまざまで、幅広い層の方がいらっしゃいます。東京では、ビジネスシーンで着用するスーツのご注文をいただくことが多く、大阪では、ツイードやフランネルなど、肉厚な生地を選ぶ方が目立ちます。あくまで僕の想像ですが、大阪の方は、ブルーシアーズのスーツをプライベートでより多く着用されているのかもしれません」

02.流行の逆にあるスーツの原点


「2011年からは、香港でも受注会を行っています。きっかけになったのは、仕事やレジャーを兼ねて来日するたびに、仮縫いなどでひんぱんに足を運んでくださっていた香港人の顧客の方でした。3.11の東日本大震災の翌日も、その方のアポが入っていたのですが、飛行機は飛ばず、キャンセルに。“それならば、こちらから伺おう”と向かったのが最初でした。ここ数年は、年に4回、マンダリンオリエンタルホテルで定期的に行っています」

かつてはイギリスの植民地という歴史的な背景もあって、香港には、スーツに対する知識を持つ人が多いのだそうだ。

「すべての方がそうではないのですが、高級感に富んだ生地を好まれる傾向にあります。手触りもよく、クオリティは文句なしに素晴らしいのですが、仕立てる立場からすると、正直いって、扱いにくい(笑)。シルエットが決まりづらいんですね。薄く繊細な生地で作られた軍服が存在しないように、基本、立っている状態でフィッティングするというのが洋服の原型だと、僕は思っていて。やっぱり、固い生地の方がビシッと決まります。当然ながら、重い服になるわけですけれども」

「今の洋服って、“軽い”ことが世界的な流行じゃないですか。だから、逆を行くことになるけれど、ドーメルのトニックとか、レッサーのレスロン、スキャバルのタイタンなど、うちに常時20~30種類あるデッドストックの生地は、シャキッとカッコよく決まるんです、シルエットが。もう筒みたいな感じに。同じ銘柄でも、例えば、今のトニックは違う生地みたいに柔らかいですが、昔の生地って、全体として、より力強い。もう生産されていないので、手に入れるのが難しいですが、僕のまわりの同世代のテーラーたちは、みんな欲しがっています」

03.その人の体に合うことが一番カッコいい


『ブルーシアーズ』の“ブルー”は、英国チェルシーFCのクラブカラーに由来している。「サヴィル・ロウでの修行時代、つらい時も、楽しい時も、チェルシーと共に味わってきました。僕の一部であり、ブルーはかけがえのない色」と語る久保田氏自身も、やはりブルーがよく似合う男性だ。そんな彼が、スーツを作るうえで、インスピレーションを受ける人はいるのだろうか。

「誰か特定の人がいるわけではありませんが、最近カッコいいなと思ったのは、現在、ギーブス&ホークスのヘッドカッターを務めるダビデ・タウブさんです。端正なルックスもしかりですが、何よりフィッティングが素晴らしい。その姿を見て、サヴィル・ロウのスーツは体型を問わず、その人の体に合わせることで、カッコよさを引き出すアイテムなんだと再確認しました。あとは、そうですね…願わくは、ジェームズ・ボンド演じるダニエル・クレイグさんのスーツを作れたら最高に嬉しいですけれど。夢のまた夢ですね(笑)」

PROFILE プロフィール

PROFILEプロフィール

久保田博 ー HIROSHI KUBOTAブルーシアーズ カッター・テーラー

ロンドンのサヴィル・ロウにある英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』で6年間テーラリングを習得し、日本人初の認定ヘッドカッターとなる。2005年5月、自身のビスポークハウス『ブルーシアーズ』を二子玉川に創立。東京・大阪に2店舗をかまえ、近年は香港でも受注会を行うなど、グローバルに活躍している。渋谷の工房では、プロのテーラーを養成する『ブルーシアーズアカデミー』を開講し、若手の育成にも力を入れている。


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