揺るがない人、揺るがないスーツ

Vol.14 久保田博 HIROSHI KUBOTA ブルーシアーズ カッター・テーラー PHOTO:SEIJI SAWADA , TEXT:YURIKO KISHI


ロンドンのサヴィル・ロウ1番地にある英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』で6年間にわたりテーラリングを習得し、日本人初のヘッドカッターに認定された久保田博氏。帰国後は、自身のビスポークハウス『ブルーシアーズ』を立ち上げ、国内外のスーツファンを魅了し続けている。記念すべき創立10周年を迎えた今、テーラリングや独自の美学について、たっぷりお話を伺った。

01.ギーブス&ホークスは僕の原点


“テーラリングにおいてミスはつきもの。ミスに気がついた時その糸をほどく勇気を持ち合わせたものが一流のテーラーだ”―これは、ギーブス&ホークスの伝説的テーラーが修行時代の久保田氏に放った言葉だ。それから18年以上経った今も、この教えを大切にスーツ作りに邁進している。その姿勢は1ミリもブレることがない。

「言うまでもなく、ギーブス&ホークスは僕の原点です。この世界に入ってから今までずっとイギリスのやり方でやってきたので、目学問、耳学問になりますが、日本と比べると色んな違いがありますよね。例えば、袖の付け方ひとつとっても、全然違います。日本のぐし縫いに対して、僕たちは“合うかな、合うかな…あ、合った!”みたいな感じで少しずつイセ込んでいくスタイル。両者を比べたら、ぐし縫いの方が生産性も上がるというか、常に同じ形の袖を作るうえでは非常に長けた手法だと思います」

「日本で使われている製図表のようなものを見たことがあるのですが、スタイルが違うと、やっぱり根本的な考え方も違うんだなと、その時思いました。僕のスーツ作りの基盤は、ギーブス&ホークスで習得した独自の型紙の公式。スーツを作る時の寸法の割り出し方のことです。とはいえ、アングロサクソン系の人と日本人とではやはり体型が違うので、数字の出し方を微妙に調節しながら、シャープに見えるように手を加えていきます。ブリティッシュスーツは、タイトなシルエットが特徴のひとつですが、その方の好みや生活スタイルなどをお聞きして、そこまでタイトに作る必要はないと判断したら、少しゆとりも入れます」

02.信頼の証としての『JAPAN』


キャリアの礎を築いたのはイギリス。そして近年は、インタビューの前半でも触れた通り、日本だけでなく、香港でも年に4回の受注会を行っている。「日本人に生まれたことは、本当にラッキーだった」と久保田氏は自身の軌跡を振り返る。

「そもそも、なぜロンドンに行ったかというと、大学留学のためでした。当時の僕は、マネージメントを学んでいて、『サヴィル・ロウの歴史と経営学』という卒業論文を書くために取材先を探していました。20社くらいに手紙を出してアプローチしましたが、結果、唯一承諾してくださったのは、ギーブス&ホークスだけ。その頃、ちょうど日本はバブル末期を迎えた頃で、スーツを注文したお客様が、フィッティングのためだけにギーブス&ホークスに再び足を運ぶことも当たり前の状況でした。そこにまたちょうど、日本人の僕がいた(笑)。ハタチそこそこの若造でしたが、ドアマンとして雇っていただいた。これがすべての始まりでした」

その後、日本人客の通訳や百貨店「セルフリッジズ」内にあるギーブス&ホークス店舗でスタッフとしてアルバイト経験を積んだのち、サヴィル・ロウ本店に戻り、作る側のトレーニングを受けるようになったという。パンツの仕立てに始まり、ジャケットの仕立て、その後カッティングを習得していく中、「採寸、裁断からお直しまで、全部一式トレーニングしていただきました」。

一方、香港に行くようになってからは、また違う角度から日本人であることの有り難さを感じることが多々あると話す。

「日本人の一般的な感覚でいくと、欧米に対してはあっても、同じアジアの国に憧れを持つことはかなり少ないですよね、きっと。でも、香港の場合、欧米への憧れと同じくらいの感覚で、“日本枠”があるんです。少なくとも、香港で受注会を始めた2011年から今まで出逢ってきた方たちは、日本が大好き。先人たちの勤勉さや礼節をわきまえた対応、そうした積み重ねが日本人への信頼につながっていると実感します」

03.テーラー育成は、人生そのもの


本拠地である二子玉川のビスポークハウス『ブルーシアーズ』とは別に、渋谷に構える工房では、次世代テーラーの育成を目指す「ブルーシアーズアカデミー」を開講している。

「受講生の中には、すでにプロの方もいれば、針を持ったこともないという方もいてさまざまです。中には、IT系の一流企業に勤めていた方が一念発起して、退職して学びに来られるケースも。学校という形をとっていますが、同時に人様の人生をお預かりする場でもあるので、力のかぎりベストを尽くしてやらせていただいています」

来たる3月には、上海では初となる受注会を行い、4月には、ロンドンにも行く予定だ。すでにご存知の方も多いと思うが、昨年、サヴィル・ロウ37番地に自身の店をオープンした史上初の女性テーラー、・キャサリン・サージェントさんは久保田氏の同朋である。

「ロンドン行きは、遊びがてらなのですが(笑)。しばらく行っていないので、キャサリンさんにはぜひ逢いたいです。それとやっぱり、ギーブス&ホークスには少しでも恩返ししたい。今ひとつ考えていることがあるので、提案してこようと思っています」

スーツの伝統と革新を知り尽くした久保田氏は朗らかに笑う。日本屈指のテーラーの次なる一歩が、吉と出ることを心から祈りたい。

PROFILE プロフィール

PROFILEプロフィール

久保田博 ー HIROSHI KUBOTAブルーシアーズ カッター・テーラー

ロンドンのサヴィル・ロウにある英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』で6年間テーラリングを習得し、日本人初の認定ヘッドカッターとなる。2005年5月、自身のビスポークハウス『ブルーシアーズ』を二子玉川に創立。東京・大阪に2店舗をかまえ、近年は香港でも受注会を行うなど、グローバルに活躍している。渋谷の工房では、プロのテーラーを養成する『ブルーシアーズアカデミー』を開講し、若手の育成にも力を入れている。


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