先人の智慧と自然の恵みを享受する 尾州が生んだ、贅の極み

Vol.20 橋本毛織株式会社 HASHIMOTO WOOLEN MILLS CO.,LTD. 紳士用毛織物製造 PHOTO:SEIJI SAWADA , TEXT:YURIKO KISHI


日本が誇る毛織物の一大産地、尾州。その北西部、愛知県一宮市に拠点を構えるのが、大正13年創業の橋本毛織株式会社(以下、橋本毛織)だ。紡績、撚糸、染色など、原毛から糸を経て、織物になるまでの数多くの工程を一貫生産していた強みを活かし、高級紳士服地の製造に特化した企業として、尾州産地をけん引している。1970年、ダーバンのブランド創設以来、オリジナル素材「r.a.s.o.」(ラーゾ)をはじめ、他にはない上質な毛織物の企画・製造を手掛けている。この国の歴史と共に、変遷を遂げてきた同社の歴史を辿りながら、毛織物の製造プロセスやこだわりについて話を伺った。

01.手の込んだ料理のように、丹念に惹き出す毛織物の旨味


冬は温かく、夏は涼しい。一年を通して、男たちの体を快適に包み込む毛織物の秘密は、何重にも絡まったクリンプと呼ばれる“ちぢれ”。そのすき間に混ざった約60%の空気の層が、冬の寒さや夏の暑さを防いでくれているのだ。シワになりにくく、型崩れしにくいのは、「コイルスプリング」という繊維が螺旋状の分子の鎖でつながっているから。外力が加わると、バネのように元に戻ろうとするので、土砂降りの雨に濡れたりしないかぎり、ひと晩ハンガーにかけておけば、シワがついても、きれいに消え去っているはずだ。

利点を挙げると、きりがない毛織物。その製造工程は、実に奥深い。羊毛を梳きほぐして繊維の帯をコマ状にした“トップ”に色をつける「染色」のあと、糸の状態に紡ぐために一旦出荷されて戻ってくる。それを柄の設計に基づいて織機にかけて、毛織物に織り上げていく。これが「製織」と呼ばれる工程だ。

「織り上がったばかりの毛織物は、まだ手触りも粗く、整っていない状態です。
美味しい料理を作ろうとする時、手間ひまをかけるのと同じで、“整理”という工程では、表面に光沢を出したり、風合いを整えていくために、煮たり、焼いたり、表面を切りそろえるなどの細かな加工を施していきます」と話すのは、同社取締役 織物事業部長・橋本光正氏。

02.聞きしに勝る工程の数々


整理の工程では、毛焼、煮絨(しゃじゅう)、乾燥、蒸絨(じょうじゅう)などが行われる。毛焼とは、織物の表面の不要な毛羽を焼き取ること。織物をローラーに巻き取り、熱湯に浸漬して回転させ、形や長さ、幅をセットするのが、煮絨。熱風で織物の湿気を除き、幅を一定に整えるのが、乾燥。織物に圧力をかけ、蒸気を当てて蒸し上げる蒸絨で、型くずれしない毛織物に仕上げていく。

これらの加工を終えたあとは、汚れやキズ、幅や長さなどを厳重にチェックする「検査」の工程へ。機械化が進んだ現代でも、ここでは人の目が頼りだ。完成した毛織物は芯板や棒に巻き上げ、包装されて、ようやく出荷となる。

「かつては、原毛から糸になるまでの工程を行う設備も備えていました。羊の脂や土砂などがついた原毛の状態で輸入し、ウール以外のものを取り除いて洗毛する。その後、カードという機械で、繊維を1本ずつほぐし、束ねてロープ状のスライバーにしたら、細かい針のクシで引き伸ばしつつ、繊維の平行度を少しずつ高めていくという段階を経ていきます」

現在、これらの工程は日本では行われていないが、同社が一貫生産していた最盛期の頃に1600人ほどの従業員を抱えていたと聞けば、どれほどの労力と時間をかけて作られているかが伺えるだろう。

03.布地の美しさの秘密は、水にあり


現在、毛織物の製造の各工程は、分業体制で行われている。それらが尾州一体でまかなえるのは、1200年以上もの間、職人から職人へと受け継がれてきた技術や知識の賜物だろう。尾州が織物産地として栄えた一つの理由は、きれいな水質の水で知られる木曽川の豊かな水源があったことが大きく関係しているといえる。優れた水なしに、製造の要である染色、煮絨、蒸絨などの工程は、行うことができないからだ。

r.a.s.o.(ラーゾ)を主に、橋本毛織が手がけるダーバンの毛織物も、その自然の恩恵を受けた土地で、ブランド発足以来47年間、寸暇を惜しんで作り続けられている。厳選された高品質羊毛を元に、尾州ならではの高度な技術を駆使して作り上げた布地は、贅の極み。本物のスーツはここにある。


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