波瀾万丈の歴史を超えて紡がれる、毛織物への愛

Vol.19 橋本毛織株式会社 HASHIMOTO WOOLEN MILLS CO.,LTD. 紳士用毛織物製造 PHOTO:SEIJI SAWADA , TEXT:YURIKO KISHI


日本が誇る毛織物の一大産地、尾州。その北西部、愛知県一宮市に拠点を構えるのが、大正13年創業の橋本毛織株式会社(以下、橋本毛織)だ。紡績、撚糸、染色など、原毛から糸を経て、織物になるまでの数多くの工程を一貫生産していた強みを活かし、高級紳士服地の製造に特化した企業として、尾州産地をけん引している。1970年、ダーバンのブランド創設以来、オリジナル素材「r.a.s.o.」(ラーゾ)をはじめ、他にはない上質な毛織物の企画・製造を手掛けている。この国の歴史と共に、変遷を遂げてきた同社の歴史を辿りながら、毛織物の製造プロセスやこだわりについて話を伺った。

01.激動の日本と歩み続けた黎明期


尾州の織物の歴史は、はるか奈良時代にさかのぼる。絹・麻の産地として隆盛を極めたとされ、江戸時代には、綿花栽培が盛んになると共に、綿の生産地として広く知られるようになった。1891年(明治24年)、国内史上最大の内陸地殻内地震、濃尾地震により大打撃を受けるも、先人たちが培ってきた技術や知識は脈々と受け継がれ、昭和初期には、世界屈指の毛織物産地へと成長を遂げた。そして、橋本毛織の創業者・橋本新太郎氏は、そんな激動の時代の渦中を生き、同社を大きく成長させた人。

「創業者の橋本新太郎は、大阪の魚問屋の長男でしたが、母親に連れられて繊維工場へ行った際、織物の美しさに魅了されて一念発起したと聞いています。当時より、織物の産地として知られていた愛知県一宮市に移り住み、数年間、修行を積んだのち、当社を創業するに至りました」と話すのは、同社を率いる六代目代表取締役社長・尾関眞一氏。

順調に業績を伸ばしていくが、第二次世界大戦の勃発により、オーストラリアなどから仕入れていた羊毛が禁輸となったため、業務の続行は厳しく、一旦保留状態に。戦時中、同社の工場は、航空機のプロペラ製造などの国務に使われていたという。

「戦後、設備を買い戻したり、原料を調達したりする中、かつての仕事仲間も戦地から帰還し、1950年(昭和25年)に法人化しました。ガチャマン景気と言われたように、景気は大変良かったのですが、1972年(昭和47年)、日米繊維協定が結ばれたことによって、尾州を含める日本の繊維業界は、急激に萎みました」

しかし、その数年後には、再び息を吹き返し、橋本毛織の素材は、国内のみならず、アメリカでも絶大な人気を博した。1976年(昭和51年)から約20年間、途切れることなく輸出を続け、ピーク時には、ポロ・ラルフローレン、ブルックスブラザーズなど、アメリカを代表する数々のブランドからの受注も含めて、1反約70メートルの反物を年間1万~1万5千反出荷していたという。

02.『r.a.s.o.』という日本初のなめらかな試み


90年という長い年月をかけて築き上げた独自の技術や製造背景を元に、現代の橋本毛織は、そのエネルギーの全てを高級紳士服地の製造に注ぎ込んでいる。

「当社は、有数の百貨店様に育てられてきました。今も昔も、主要顧客は、百貨店アパレルです。ダーバンとは、1970年のブランド発足時から、運良くご縁をいただき、現在に至ってご一緒させていただいております」

シーズンを問わず、定番的な人気を誇る「r.a.s.o.」(ラーゾ)は、橋本毛織とダーバンのオリジナル素材。イタリア語で“なめらかな”を意味する名の通り、上質な光沢感と流麗なドレープ感を特徴とする。

「1970年当時、気品あふれる艶やかさのあるイタリア製のスーツ生地が、大変人気を博しました。日本でも、イタリアのテイストを取り入れたオリジナル生地を作れないだろうか。そんなアイデアが発端となり、ダーバンの企画担当の方と試行錯誤しながら作り上げたのが、r.a.s.o.(ラーゾ)です。イタリア的な風格を兼ね備えた紳士用服地が国内で製造されたのは、この時が初めてだったと記憶しています」

03.男なら惚れる、尾州の雄が生み出す高貴な手触り


一反の毛織物は、糸染、整経、製織、毛焼、蒸絨など、気の遠くなるほど細分化された製造工程を経て完成する。尾州の強みは、それらを同じ地域の中で行える分業体制が整っていること。橋本毛織は、各工程を担う職人たちに細やかな指示を出すと共に、製造の要となる柄の設計を主に行っている。

織物とは、糸をタテヨコに交錯させて仕上げる布地のこと。平織、綾織、朱子織を基本に、糸の種類や組み合わせ方を変えることで、違った表情を持つ織物を無限大に作ることができるが、昨今、技術者の高齢化などの問題から、機屋や紡績を専門とする企業が減少している現状は否めない。

「糸の仕入れ先も、集中せざるを得ません。だからこそ、オリジナルの糸や素材を作るなど、それぞれの持ち味を活かして差別化を図り、尾州産地全体を盛り上げていくことが必要なのだと思います」

厳選した原料を元に、丹念に作られていく橋本毛織の布地たち。現在、展開中のダーバン製品は、r.a.s.o.(ラーゾ)を中心とした約20マーク。ウール100%のほか、シルク混ウールやストレッチ素材など、細部に趣向を凝らしたラインアップがそろう。尾州の職人たちの手によって作られた毛織物に、ぜひ触れてみて欲しい。もし、寸分の隙もないその手触りやぬくもりに魅了されなかったとしたら。男としての修行がもう少し必要かもしれない。


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