多面的な視点と直感 青野賢一の審美眼

Vol.07 青野賢一 KENICHI AONO ビームス創造研究所クリエイティブディレクター PHOTO:NAOAKI WATANABE(depo)、TEXT:HIROMI HARA(dig)


セレクトショップ『ビームス』の販売職・プレス職を経て、現在は「ビームス創造研究所」のクリエイティブディレクターとして活躍する青野賢一氏。執筆活動やDJ活動、展示の企画運営など、多彩な才能を持つ同氏ならではの観点から、モノの選び方やテーラードスタイルについて語ってもらった。

01.モノ選びのポイントは自ずと決まってくる。


ー セレクトショップ『ビームス』というフィルターを通して、日頃から多くの洋服やプロダクトに触れられていますが、青野さんのモノ選びの基準を教えてください。

青野 モノ選びの基準はとくにないんですよ。明文化できるような確固たるものは実はぜんぜんなくて(笑)。

河合 その時々で好きなものやピンとくるものとしか言いようがないかもしれませんね(笑)。

青野 モノによって求める要素は異なりますよね。デザイン性が必要とされていないものに過度の装飾があると邪魔になってしまいますし、過剰な機能を要求されなくてもいいものに機能性はいりません。つまり、そのものの本質的な部分ってなんだろうと考えると、モノ選びのポイントって自ずと決まってくると思うんですよね。

ー 河合さんはフラワーアーティストとして活動されていますが、花を選ぶ基準みたいなものはあるのでしょうか?

河合 僕の場合、生け花作家として活動しているわけではなく、コマーシャルベースの中で(仕事として)花を生けるので、求められるビジュアルの中で花をどのように活かすかを考えるんです。ですから必ずしも自分の意にそぐ花ばかりではないんです。お仕事として生ける花とオフの日に生ける花とはではスタンスが違ってくるんですよね。

青野 適材適所ということですよね。

河合 そうですね。でも青野さんの趣味や好みってすごく気になりますよ(笑)。

青野 難しいですね(笑)。好きなものってなんだろう? と考えると自分が幼い頃や若い頃に影響を受けたものや感銘を受けたものとか、体験ベースで下敷きになっていることが必ずあって、多分これは誰でもそうだと思うんですけど。なんでしょうね……モノが醸し出すムードみたいなものは好きですけどね。洋服でもプロダクトでも何でも、こうしたら格好いいんじゃないか? とかこう置いたら格好いい! とか感覚的にモノを選ぶことが多いかもしれませんね。

河合 青野さんはアイビー世代ではないですよね?

青野 違いますね。僕はファッションでいったらDCブランドの世代ですね。

河合 僕が大学生くらいのときですね。

青野 僕が12歳のときから80年代が始まってるんですよ。

河合 洋服を好きになったきっかけは?

青野 洋服が身近にある環境で育ったからだと思います。うちは母親が洋服の仕事をしていたんですよ。パタンナーと縫製だったんですけど、短大を卒業した後に文化服装学院と桑沢デザイン研究所の両方に通っていた人で。子供の頃は、よく自分が着る洋服を作ってもらったり、直してもらったらりしていました。

河合 それは大きなきっかけですね。そういったバックボーンがあって、その先に影響を受けたモノやコトってあるんですか? 僕らは『MEN’S CLUB』のアイビーなんですよ。

青野 僕はYMOですね。音楽やファッション、文化全般のことが含まれていたので、周辺を探っていけばだいたい何でも出てきたんですよ。映画や文学、写真、アートですとか。80年代ってそういう時代でしたし、いろんなものを等価に見るということや、これ知ってるならこれ知ってないとなあって関連づけて評価できる目線とか判断力っていうのがあって。ニューウェーブの音楽やヌーヴェルヴァーグ、ビートニクの話ができながら、アイドルの話やもう少し現代思想っぽい話もできるというか、いろんな方向に目が向いているのが普通だったんですよね。

02.完成されたフォームから逸脱するのがおもしろい。


ー そもそも『ビームス』に入社されたきっかけはどうしてなんですか?

青野 偶然ですよ(笑)。大学1年生の夏休みに何かないかなと思って原宿をぶらぶら歩いていたら、たまたま『ビームス』にアルバイト募集の張り紙がしてあって、履歴書を持っていって面接してもらいました。その場で採用となり、後日「インターナショナルギャラリー ビームス」へ配属されたんですよ。

ー 当時原宿界隈で一番入りづらいお店と言われてたみたいですね(笑)。

青野 まあそうですよね。東京で一番嫌な感じのお店だったんじゃないかな(笑)。当時「ビームス 原宿」の2Fにあったんですけど、お客様は階段を登らなきゃいけない。そうするとスタッフが上にいるわけですよね。まずその階段を上がりきるところがみんなすごく緊張するって言ってましたね(笑)。当時は洋服屋の数も少なかったので、それぞれのお店が強い個性を持っていて、『ビームス』の他の売り場のスタッフもそうだったと思うんですけど、自分たちは他の奴らとは違うぞって思ってて(笑)。それこそ原宿と渋谷はメンタリティーがぜんぜん違っていましたし。

ー お二人に質問です。モノを見極める眼力はどのように養えばよいのでしょうか?

青野 洋服に関して言えば、ずっと店頭でお客様に洋服を紹介する仕事をしていましたから、お客様に勧めるポイントをその人に対して的確に言えないとダメなわけですよ。みんなに同じことを言っても売れませんから。同じものを勧めるにしても人によって切り込む角度が違っていて。モノに対する知識や背景などは、そのアイテムを知らないと正しく勧められないですから常にインプットしていましたね。

河合 長く生きていると自然と自分の中でフィルタリングしていってるんですよね。若い頃はうんちくが好きで、そのベースがあるから今日があるんだけど。うんちくというのは機能的なものじゃなくて、歴史的背景とか、燻ってくれるような何かですけどね。

青野 そういったプロダクトの背景をある程度噛み砕いて説明できることは、販売やプレスの仕事をしていると必要になってくるテクニックなんですけど、とはいえ僕らの世代は浅田彰さんの『構造と力』じゃないですけど、どちらかというと取り込まれるところから逃げていくような、出来上がったフォームからどうやって逸脱していくかっていうことがおもしろさかなと思っていましたね。

河合 そこはVAN世代と大きく違うんですよね。VAN世代はその格好をしないと相手にされないから取り込まれるわけで。

青野 なるほど。僕はカテゴライズされているファッションからどうやって逃げていけばいいんだろうという感覚が常にあります。カテゴリーみたいなものが付いてまわってきちゃうのは本当に面倒くさいですよね(笑)。

河合 多分それは時代時代でありますよね。どの時代も、必ずそこから出ていく人とそこにある供給を素直に自分の中に取り入れていく人もいますし。

青野 必ず前の時代があって現在があるので、そこは地続きなんですけれども、そこの前にできている土壌をどういう風にとらえるかの違いだと思うんですよ。

03.社会環境と洋服の関係性。


ー 昨今カジュアル化が進み、スーツ人口が減少しているそうですが、青野さんはどう思われますか?

青野 洋服って社会環境との関係性で成り立っていると思うんですよ。昨今、IT関連の会社だったりデザイン事務所だったり、僕らが子供の頃に言っていた「会社」とは違う会社、職種がたくさん出てきましたよね。その社会環境の変化っていうのはものすごく大きい気がします。とりわけ2000年代に入ってから、つまりインターネットというものが世の中に普及したタイミングで。新しい技術が出てくるということは新しい仕事が生まれるということなので、相手にする人たちも異なりますし、身に纏う洋服も変わってくるんじゃないでしょうか。

ー 当時と現在では、日本におけるテーラードの在り方も変わってきましたよね。

青野 90年代に入るとブリティッシュブームが来て、3つボタン、サイドベンツの流れになったんですよ。それまでは、イタリアンファッションのいわゆるソフトスーツが末端までいきつくしたところで、次の一歩がブリティッシュスタイルだったんですよ。イタリアのいくつかのブランドも英国寄りのスーツをどんどん出していましたし。例えば『ベルベスト』や『キートン』『ヴィンツェンツォ アットリー二』とか、ソフトなテーラリングなんですけど、イタリアから見たイギリスのようなニュアンスで。そこで(ブリティッシュに)いけた人といけなかった人でずいぶん別れたと思うんですけど、スムーズに入っていけた人は、テーラードのスタイルがどんどん面白くなっていったような気がします。作りがどうだとか、やれ仕立てがどうだとか、芯地がどうだとかっていう、うんちくのようなことを言うようになったのもここからでしょうかね。

河合 「インターナショナルギャラリー ビームス」で『ファーラン&ハービー』を扱いだしたのはもう少しあとでしたっけ?

青野 『ファーラン&ハービー』はビスポークをはじめたのが91年頃です。ビスポークという意味で、ファッションのムーブメントとはぜんぜん違う、「スタイル」という観点から取り組んでいましたね。

ー 青野さんは、日頃からよくジャケットやスーツを着用されていますよね?

青野 イタリアンファッションから、ロンドンやフランスのデザイナーズブランドもあってという、ベクトルは違いますけどそれぞれのファッションの高みにあるものを扱っているのが「インターナショナルギャラリー ビームス」なので、そういうものに触れていく中で必然的にそうなりました。自分で着ないとお客様にも勧められないですしね。

PROFILE プロフィール

PROFILEプロフィール

青野賢一 ー KENICHI AONOビームス創造研究所クリエイティブディレクター

1968年・東京都生まれ。明治学院大学在学中より「インターナショナルギャラリー ビームス」でアルバイトを開始。販売職・プレス職を経て、2010年、個人のソフト力を主に社外のクライアントワークに生かす、社長直轄部門「ビームス創造研究所」発足に際してクリエイティブディレクターとして異動。執筆、選曲、大学や専門学校での講義、他企業のブランドやイベントのディレクションなど、幅広いフィールドにて活動中。また、1999年、音楽部門「ビームスレコーズ」の立ち上げに参加し、現在もディレクターを務めている。現在、『ミセス』『OCEANS』『IN THE CITY』ぐるなびが運営する食のキュレーションサイト『ippin』などに連載を持つ。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。

GUEST対談ゲスト

河合正人 ー Masato Kawai

1958年、京都生まれ。フラワーコーディネーター、ファッションプロデューサー。1986年、河合正人花事務所を設立。広告、雑誌、イベントでの制作を中心に活動。フラワーコーディネートで農林大臣賞を受賞、その他受賞歴多数。1994年、写真集『FLOWERS』を出版。2012年に、大川直人氏と2冊目となる『FLOWERS』を出版。

河合正人氏がプロデュース&ディレクションを務める
『JAPANESE DANDY』写真 大川直人
「第46回講談社文化出版賞」にノミネート。10代~90代まで、第一線で活躍している日本人、時代をつくった男たち、130人の男の肖像を撮り下ろし。写真で語る、魅せる男の「ダンディズム」。テーラードスタイル好きの女性も必見!
Official Sitehttp://japanesedandy.com/


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