1980 SPIN OFF

このころ、ダーバンの哲学をコアとして様々なブランドが派生していった。
「ダーバンカジュアル」を前身とし、多様化を続けるカジュアル市場に向けて1975年に発表した「インターメッツォ」を皮切りに、大学生を中心とした新しいユースマーケットに向け、衣料品を始め、雑貨、日用品、家具、アート、学習用品までをアソシエーション方式で幅広く揃えたブランド「イクシーズ」、さらに87年には、“D'URBAN”の綴りを逆にした「アンチ・ダーバン」とでもいうべき新感覚のブランド「NABRUD' - ナブラッド」を世に問うなど、発売から10年を経たダーバンのブランド世界は大きく広がりを見せ始めた。

1985 OUTBOUND

この時期、ダーバンの目はアジアに向けられていた。
3年後にオリンピック開催を控え、市場が急速に成熟し始めた韓国。1985年に合弁会社・韓国ダーバンを設立、翌86年には韓国映画界きっての名優イ・ドクファがCMキャラクターとして登場し、韓国でもダーバンの名は急速に広がっていった。
さかのぼること1976年には香港企業と合弁会社を設立し、ライセンス生産を開始。現在この地におけるダーバンは、ハイセンスのラグジュアリーブランドとして完全に定着している。「日本一のかっこいい服」はまた、アジアの男たちをも魅了した。