昔ながらの風合いを残した京丹後の絹織物

Vol.34 梅武織物株式会社  絹織物工場 PHOTO:KEITA NAKADA , TEXT:RIE YOKOYAMA


スーツスタイルの最後の味付けとなる1本のネクタイ。ダーバンのものづくりは、ブランド創設以来、熟練の職人達の愛と誇り、確かな技術によって成り立っている。西陣の染色職人、丹後の織物職人、京都や十日町の縫製職人...。日本各地、長い旅を経て完成する、1本のシルクタイの軌跡を辿る。

01.京丹後の山あいに今なお残る、
昔ながらの糸繰りの光景


京都府京丹後市。丹後ちりめんで有名なこの地は、湿度が高く、絹織物に適した環境。古くは739年、聖武天皇に「丹後のあしぎぬ」を献上した歴史を持つ。京都染工所で染められた絹糸(vol.33参照)は、いくつもの山々を超え、絹織物工場へ。梅武織物株式会社の代表取締役、梅田正彦さんにお話を伺った。

「先代のおばあさんが糸繰りをしているのを見て育ちました」
“糸繰り”=染め上がった絹糸をボビンのような枠に巻きつけていく工程。海外産の多くは、コーン状の糸をそのまま染色するため糸繰りの必要はないが、ここ梅武織物工場では、木製の糸繰り機を使用した、昔ながらの“ひと手間”を大事にしている。1本1本丁寧に巻きつけていくので、糸に負担がかからず、織る際によれも生じない。昔ながらの優しい風合いが残るのだという。カタカタと温かみのある音を奏でること約2時間、ようやくひとつの糸枠が完成。

02.ふっくらと空気を含んだ
絹織物は、唯一無二の存在感


朝6時、京丹後の山にこだまするかのように、すでに織機の音が響いている。3種類のレピア織機(内1種は高速織機)に加え、柄を出すためのアナログ・デジタル2種類のジャカード織機など、全22台が工場内に並ぶ。主にダーバンのネクタイに使用するのは、レピア織機という名機。

「日本の絹織物は、昔ながらのシャトル織機を使っているから美しいと言われてきました。そこで、レピア織機にオリジナルの調整をかけてみたら、どうなるだろうって思いついて。例えば、超低速に調整したレピア織機は空気をたっぷり含むので、まるで手織りのような風合いになる。それでいて、たわみもない。シャトル織機を超える織機だと自信を持って言えます」1時間に約1m20cm。ネクタイ4本分。まるで手織りのように優しくふっくらとした生地が完成した。

03.全国津々浦々、修行を重ねた
名匠の熱き想い


シルクタイ制作の舞台裏は、梅田さんの経験なくして語れない。高校を卒業後、18歳でジャカード機のメーカーで修行。愛知、桐生、福井など、全国の織物産地を巡ったという。
「このときに身につけたジャカードの知識や修理技術は今も役立っている。昔の織機は壊れても、直せる人は日本にほぼいない。しかも部品も残っていない。機械の調整や修理、廃盤になった部品を自ら作ることができるのが強みです。そして何より、日本中の絹織物を見ることができたのも、貴重な経験でしたね」

織物工場なのに、糸くず1本落ちていない。いかに手入れが行き届いているのだろう。梅武織物工場を訪れた人は皆、驚く。そこには、長年稼働する機械への愛とネクタイを身につける人へのリスペクトの気持ちが伺える。
「物が売れないと言われる今だからこそ、いいものづくりをしたい。いつも喜んでくれる人の顔を想像しながら仕事しています。僕らの仕事は、“喜ばれてナンボ”ですから」そう語り、機械に走っていった。


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